大久野島

毒ガス島は終わっていない

安全性を保障してある正規広告です。気になる方はどうぞ♡

こんばんは。satoiです(。•ㅅ•。)

今日の朝に予約更新しましたが、同日の夜にまた更新することにしました。

11月27日の更新を早めて今夜にしています🌃

27日は結婚記念日なのでねぇ やる事は全て前倒しして、

のんびり過ごしたいのですよ( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

🐇

大久野島のつづきです。

島に着いた初日から気にしていること。この島は常にどこかを工事しているということです。

海岸沿いにガッツリと柵がしてあります。

大型の重機もあり、大掛かりであることが分かりますね。

島内は一日にダンプが何往復かしながら砂?砂利?を

運んでいます。ダンプが島内を走るととても目立ちます。

クレーンも頻繁に動いていました。

この光景・・・10年前も見た気が・・・

ずらーっと並んだ「黒くて大きな袋」

あれには・・・何が入っているのだろう?

それともあれで何かを防いでいるのか?

「黒い袋」と「あの形」を見ていると東日本大震災の

汚染土を積み上げてる光景を思い出させます。

2010年に来た時にも結構広い範囲で工事をしており、その工事は島に廃棄された

毒ガス兵器の処理の為と聞きました。この島の毒ガスの歴史は太平洋戦争で毒ガスを

使用する為に昭和4年から~昭和20年(1945年)まで秘密裏に製造されていたとの事。

ウィキペディアより。

島には「毒ガス資料館」があり、そこで詳しく知ることが出来ます。

訪れた当時は工事のことを聞き「え?65年も経っているのに処理工事が終わってない?」

と頭の中は???でした。そして思い返せば、あの時も島内で立ち入り禁止区域があった

ことも思い出しました。当時はうさぎの事が心配だったり、島内に何かしらの問題を

抱えているぐらいしか思っていなかったのですが、今回は島を訪れるキッカケみたいな

ことがあり、それから自分なりにいろいろ調べてブログを打つまでに至りました。

まあ、

ウィキペディアに膨大な内容が記載されていて、

そこに詳しく「大久野島の黒歴史」的なことを知ることができます。

ウィキ自体、私は頻繁に使うのですが(最近寄付金まで払った)

載っている内容の誤りはけっこうありますね。ネットの辞書的に使われていることが

多いと思いますが、私は信用半々で見ています。

変な言い方をすれば「間違ったことでも正しいことだと知っていることも必要」

ははh・・・わけわかめですねw

🐇🐇

島内の水は未だに輸送された水を使っています。井戸跡みたいなものはあるのに。

立ち入り禁止区域は頻繁に場所を変えています。何のために?

同じく島内工事も地元の人でさえ終わった所を見たことがないという。

うさぎ達を見ていると不自然な腫瘍が出来ている子を見かける。

何が言いたいのかというと、

立ち入り禁止区域にしてもウサギはそこに侵入できますね。

ウサギは証拠(腫瘍)を持って人の前に出てくる。

あちこち変わる立ち入り禁止区域内には何があるのでしょう?

私がここで言える勝手な推測、

「毒ガスの残留物が島内と島を囲む海岸沿いに未だに残っている」

「知られている毒ガス兵器以外の公開できない毒ガスを製造していた」

「大久野島全体に残る残留物を未だに把握しきれていない」

ぐらいでしょうか。

あくまでも推測ですからねw

大久野島の闇はもっと深いんでしょうけどww

🌃

うさぎ達はきっと今頃も一生懸命、島で暮らしているでしょう。

10年前に訪れ、帰る時に私はこの島を買いたいと本気で思いました。

ウサギ達が幸せに暮らしていける島にしたいと考えました。

バカですよねw

でもね。きっと同じことを思った人もいると思うんですよ。

その証拠に私とまったく同じ行動をしている人がいたんですから。

しかも私なんかよりも頻繁に訪れて

改善活動している人がいるんですから。

でも、

そんな人達には申し訳ないですが

私が今回訪れて思ったことは

「大久野島はウサギが居ない島になって欲しい」でした。

もう、暗い話は疲れました💧

切りがないんですから掘れば掘るだけ知る事になる。

✨✨✨

明日は結婚記念日♡

たまのご馳走を食べながら楽しい日にします。

うさぎ達の幸せを願いながら・・・

土、日、とブログはお休みします( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

大久野島の話はもうすぐ終わり。

最後は楽しい話を打っていきますよ💕

では。

いつもご愛読ありがとうございました*ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭*

みなさんにとって良き週末になりますように。

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